2013年12月12日木曜日

モガディシュ港とウルバホテル

モガディシュ港
先ほど無事にベースに戻って来ました。本日は「モガディシュ港」と「魚市場」、前回も行ったその最高の立地から内戦前は国内一の座にあった「ウルバホテル」を撮影してきました。
荷揚げされる日本車

モガディシュ港、多い時には10隻入港しているとの事でしたが、生憎今日は2隻だけでした。それでも十分活気があり、車の荷揚げが行われていたり――


「釣った」というより「捕まえた」大物
その横では少年たちが「釣り用の針でひっかけ→海に飛び込み素手で捕まえる」という豪快な漁をしていました。 


魚市場で働く人々

魚市場の方々です。2002年に訪問した際、地元産ロブスター(当時1kg=1$という話だった)をその時宿泊していたホテルで出してくれたので、「ソマリアで刺身?!」とちょっとした野望を抱いてたんですが今日は残念ながら見あたりませんでした

ウルバホテルのスイートルーム跡地からの眺め 

明日は、午前中→マリンガードのパトロールに同行。午後→病院+海水浴場。の予定です。船に乗るのは久しぶりな上に、パトロールは小型ボートなので、酔い止め飲むの忘れないようにしなきゃ。

2013年12月11日水曜日

モガディシュ到着

電話会社のオフィスからみた空港 

無事にソマリアの首都モガディシュに到着し先ほど電話・インターネット回線確保しました。かなり復興が進んでいてビックリです。町中では交通渋滞も発生しているとか。


宿舎への移動中
その後、広報担当の大尉と打ち合わせを行い、取りあえず明後日までのプログラムの大枠が決まりました。
明日は朝一で司令官からブリーフィングを受け、その後「漁港・パスタ工場・病院・町中」を取材。明後日は「海上保安・海水浴場」の予定です。

出発

宿泊したホテル

こちらは現在、朝5:00。なんとか無事に起床しタクシーも今到着。後は問題なく飛行機が飛んでくれることを祈るのみです。

2013年12月10日火曜日

ソマリア取材へ

  • 先ほど空港近くの町エンテベのホテルに移動しました。明朝のフライトは7:30。遅くとも6時にはチェックインしなければならず、早朝の移動では過去に何度もドライバーの寝坊に泣かされてきたので、少しでもリスクを減らしたいと思いまして。もっとも自分が寝坊したら元も子もないので気をつけねば。

2013年12月9日月曜日

取材日程確定


モガディシュ行きのチケット

ソマリア取材、なんとか日程組めました。なんと驚いた事に、ウガンダからソマリアの首都モガディシュまでウガンダ航空が直行便を飛ばしていたため、明日11日の午前に現地入りできそうです(フライトは約2時間半)。

  • その後1週間現地で取材を行い、18日にルワンダに移動。娘のコロンベ(14年前から撮影させてもらっているルワンダ内戦の戦災孤児)に会った後、20日にウガンダへ。そして翌21日に帰国の途に着きます。かなりハードな日程になってしまいましたが、いよいよここからが本番、頑張ります!

2013年12月5日木曜日

コメント掲載

先日、私のコメントが掲載されるとお知らせさせて頂いた週刊文春は、本日12月5日発売です。
記事タイトルは「中国は世界の嫌われ者!」。

ちょっと過激なタイトルですが、今回文春さんからお話を頂き改めて色々とインタビューしてみた結果、中流階級以下の人々からは実際にかなり辛辣な回答が戻ってきました。

以前は取材中にその精力的な動きを頻繁に目にし「国家のエネルギーと行動力が違う」と感嘆していたのですが、ここ数年に関しては明らかに「やり方が強引」かつ「急いでいる」と見えてなりません。

ここウガンダでも現在大規模なインフラ整備を始め石油の採掘権を得るなど、確実にその影響力は拡大し続けています。
ただ同時に、某りんご社を始めnokiaなどの人気スマホを始め日本製PCの中国産コピー商品が大量に流入し社会問題化しています。

実際ここ最近「ここで売ってる日本製は偽物ばかりだから、多少高くても良いから日本で買ってきてくれ」と話を持ちかけられることが増えました。

この記事→ http://chimpreports.com/index.php/mobile/business/14472-uia-fake-goods-both-local-and-chinese-factor.html が、国と一般市民の温度差を顕著に表しているのではないかと。(かなり強引に要約すると「偽物の氾濫は政府も問題だと認識している。でもその全てが中国から来ているわけではないので、中国だけを悪者にするのはやめましょう」という感じです)

このウガンダにとって、これから始まる石油産業は国の浮沈を左右する最重要事項。
中国のアフリカにおける活動、今後も目が離せません。

2012年12月21日金曜日

2012年取材(ウガンダ・中央アフリカ・帰国)

【2012年12月2日】

昨日、無事にウガンダに戻りました。首都カンパラのちょっと下町に位置する常宿に滞在中ですが、ルワンダの首都キガリと比べると車の数が多すぎて大気汚染がかなり酷いのが気にかかります。(写真)今回ルワンダ往復時に乗ったウガンダ航空の機体










【2012年12月6日】

搦手からのアプローチも不発。本日は一日ホテルで過ごしてしまいました。時間はあるので自作の執筆をしているのですが4年以上かかってまだ第一章の中盤(全八章予定…)。初アフリカから現在までを綴る予定ですが、やっと初めてアフリカ大陸に上陸したところ。なんとか今回第一章は終わらせたいな…。

【2012年12月7日】

(17時30分)今日の地震のニュース驚きました。ニュースを見ている限りでは幸い大きな被害はなかったようですが、皆さん大丈夫だったでしょうか?こちらはダメもとでジェネラルに電話したところ、本日ウガンダに戻ってきて現在会議中とのこと。うまくいくと今日会える可能性が出てきたので、現在待機中です。

(18時30分)残念ながら今日(金曜日)会うことは出来ませんでしたが、電話で直接話し、明日の夕刻会う約束をもらえました。もっともここまでの展開を考えると手放しで喜ぶ事はできませんが...。明日こそ芳しい報告ができるよう祈ってます。

【2012年12月8日】

(16時43分)約束より20分早くオフィスに到着。今日こそは!!

(18時)いまエンテベ空港(首都カンパラから35キロ離れたウガンダの国際空港がある町)にいらっしゃるとの情報。「19時頃にはつくんじゃないかな」とオフィスの兵士。会えるのであれば何時まででも待ちます。

(20時)待ちました3時間。途中で20人位のボディーガードに守られ防衛大臣がジェネラルに会いに来ました。「今日こそ!」と思いました。が、緊急事態発生らしくジェネラルはエンテベのエアベースに引き返し今日はカンパラには戻って来ないそうです。一応明日17時にアポは取れましたが。明日こそかな...。

【2012年12月9日】

(16時30分)今日も万が一を考えて30分前に来てしまいましたが、もちろんまだいらっしゃいません。
今日こそは!!本当にお願いします。(今日は日曜日ということが、かなり懸念事項ではあるんですが...) 





(18時)無事にジェネラルとの打ち合わせが終わり、水曜日から中央アフリカに行けることになりました!しかもジェネラルの業務に同行させていただく形なので、大事件が起こらない限り間違いなく行けそうです。現在、調整業務をしている方の到着待ち。詳細が決まったらまた報告します。

【2012年12月10日】

今のところ順調です。中央アフリカ取材の詳細に関して、本日軍から連絡があり、水曜朝6時に空軍基地集合し南スーダンのYambio(ヤンビオ)→http://mcaf.ee/e3wty に向かうそうです。その後の展開は現地入りしてから別途調整する形になると思います。
今回の取材趣旨は、「LRAおよびリーダーのコニーの現状」、「現在行われている作戦の進捗(そういえばこの作戦の名称を聞いたことがないような…)」、「LRAによる人的被害および地域社会への影響」の三点。そして可能であれば討伐作戦が行われている前線への同行です。
ヤンビオがベースなら、どうにか民間の回線を確保できそうなのですが、中央アフリカかコンゴ民がベースになると立地的に(中央アフリカ/http://t.co/L4x8boJh)(コンゴ民/ http://t.co/sLjNNXjV)とても期待できないため、その際はウガンダに戻ってからまとめて報告します。
ちなみに「どのような場所に宿泊するか」「ウガンダに戻る日」もまだ未定です。ただ22日の便で日本に帰国しなければならないため、非常に残念ですが日程的にソマリア取材は見送らなければならない可能性が高くなってきました…。まあ全てはフタを開けてみないと分らないので後は流れに身を任せます。
【参考】LRAに関して~【記事】http://t.co/q6T7CJvb(「映画『War Dance』パンフレット寄稿原稿」・「社会新報『Child Soldie』」/かなり古いです…。帰国したらアップデートします)【写真】http://t.co/iMFy3F6H(子ども兵士-ウガンダ)

【2012年12月11日】

明日からどんな場所に泊まるか分からないので、蚊取り線香・洗剤・石鹸・トイレットペーパーなど最低限の物を買い出しに来て、今はカフェで一服してます。
でも一番欲しかった蛇用の忌避剤が見つかりません...。日本で買ってくるべきだったなぁ...。





【2012年12月12日】

(6時)いま空軍基地でジェネラルの到着を待っています。なんとか問題なく行けそうな気配です。(写真)すぐ隣にある国連の基地。








【2012年12月13日】

昨日(水曜日)無事に南スーダンに到着しました。ただベースキャンプは当初聞いていた「ヤンビオ」ではなく北西に20キロほど離れた「ヌザラ」でした。
ンザラは電話もつながるかどうか怪しい田舎で、とてもネット環境は確保できないため、今はヤンビオのラジオ局で回線を借りて接続しています。(写真)現在滞在している「ヌザラ」のベースキャンプ




【2012年12月14日】

昨日と本日は、ジェネラルの会議が続いたためベースキャンプでボーッとする日々でした。でもついに明日から中央アフリカ・コンゴ民主共和国に行けるようなので、しっかりと取材をしてきます。また時間ができた時にヤンビオまできて報告したいと思います。(ウガンダへは19日に戻る予定です)

【2012年12月15日】

残念ながらまだ南スーダンから出られてません。本日は前線に行ける予定だったんですがフライトが急病人搬送のため急遽ウガンダ行きになってしまったのですることがなくなり、代わりにヤンビオまで連れてきてもらいました。明日こそは中央アフリカのオボに行けるはずなので、引き続き頑張ります。

(ちょっとだけリアルタイム)


私が今いるベースキャンプを紹介します。
写真は滑走路。見ての通り未舗装なので、ヘリや小型のプロペラ機しか着陸できません。ベースキャンプは滑走路の脇にあるので、離着陸のたびに激しい砂埃に襲われます。




写真は与えられているテント。電球とマットレス・蚊帳がついてます。中央下と右奥は穴が空いてたのでガムテープで補修しました。兵士たちには「気にしすぎ!」と笑われていますが「目が覚めたらテント内に蛇が…」という事態だけは絶対に避けたいので…。








向かって一番左が私のテントです。アフリカのジャングルというと灼熱のイメージが強いと思うのですが、確かに昼はそれなりに暑いのですが、朝晩の冷え込みはかなり厳しく、長袖のTシャツの上に山登り用のウィンドブレーカーを着てても寒さで凍えます。




【2012年12月19日】

(18時)今、なんとか無事にウガンダ北部のアルアという町まで戻ってきました。これからエンテベに戻り、そのままカンパラに移動します。







(23時)先ほどカンパラに到着し定宿で一週間ぶりにビールを飲んでます。都合14時間かかりましたが今日ウガンダに戻れたのは僥倖でした。昨夜は帰国予定日に間に合わない可能性が高くかなり焦ってました。詳細は明日にして今日はシャワーを浴びてゆっくり寝ます。






【2012年12月21日】

明日の帰国に備え現在お世話になった方々へのお礼参り中です。中央アフリカ・ディジャマはデータ通信どころか電話さえ通じない場所だったため、結局、何一つRealtimeに発信できなかったのは非常に残念ですが、最前線に行くことができ、色々と引っかかっていた事柄が解きほぐされました。

詳細は帰国後ブログで報告する予定ですが、ンジャマの人々の暮らしを始め、LRA殲滅作戦が長期間にわたっている理由、誘拐された子ども達が今どんな環境で生きているか、身をもって知る事ができました。

後は無事に日本に戻るだけですが、先日のルワンダ行きのドタバタもあるので気を抜かないように気をつけます。最後に、今回の取材に際し全面的にご協力くださった元帥と現地で取材調整を行ってくださった作戦司令官を始め、ウガンダ人民国防軍の方々に深く感謝いたします。ありがとうございました!

【2012年12月23日】

本日夕刻無事に帰宅し悩んだあげく夕食はラーメンにしました。さすがに夜になると日本の方が寒いですが、中央アフリカの朝は今の季節の夕刻並だったので、意外とすんなり日本の冬に適応できそうです。今回はほとんどリアルタイムではありませんでしたが、お付き合いくださりありがとうございました。